2016年6月16日木曜日

子どもの可能性と保育士さん

いまから十数年前、大阪府内の児童養護施設で二泊三日の研修を受けさせてもらいました。初日、配属された寮の保育士さんに何をすればいいのか尋ねたところ「子ども達と遊んで下さい」。そんなんだけでいいんですか?と聞き返したら、自分たち職員はいろんな仕事で忙しくて遊んでやれないので研修に来た人にはとことん子ども達と遊んでやってもらうことにしている、施設の子ども達は大人に自分に目を向けてもらえる機会を欲しているし、次から次にいろんな大人が日替わりで来ることにも慣れているからと説明されました。
二日目、夏休みの午前中は宿題の時間。学習障害(LD)を持った小学3年生の子を見てくれと言われました。まずは音読。低学年の子たちからの中傷は聞こえないふりをしつつ、ルビのない漢字が出て来るたびにつまりながら頑張ります。次は計算ドリル。指を使いながらも最初は順調。でも繰り上がり算になると、なかなか出来ません。僕も何をどうしたらいいのか全く分からない。とうとう本人は辛くて泣き出してしまいました。そこへ登場した寮の保育士さん、本人からやり遂げた宿題の内容を聞き出すと、いきなりガバッと抱きしめて持ち上げ、ジャイアントスイングのようにぐるぐる回りながら「すごいなあ!めっちゃ頑張ったなあ!」。
保育士っていうのは子どもに愛情を与え、それを表現するプロフェッショナルなんだということを僕が理解した瞬間です。
その子にせがまれ、キャッチボールをすることになりました。その地域は野球が盛んで、町会の大人たちが施設のこども達も熱心に指導してます。その子がピッチャーとして活躍しているという話は聞いてたけど、実際に見てびっくり。地面近くまで腰を深く沈み込ませ、全身をムチのようにしならせながら、とても小学生とは思えない美しいフォームで投げ込んできます。その球はグググッと目の前で伸びて来るので、運動音痴の僕には全く捕球できません。隣の寮で研修を受けてた同期の原に助けを求め、替わってもらいます。ボールを受けながら原も「お前、すごいな!」と感嘆してました。どんな子でもその子に合った適切な教育を受ければ発達できる、それを机上の理屈ではなく、まざまざと見せつけられて目の前が開けていくような感覚があったことを覚えています。

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